はるか昔・・・
大国主命(おおくにぬしのみこと=出雲大社の神様)が作った出雲。
その出雲に大きな大きな神様がいました。
その神様の名は「八束水臣津野命(やつかみずおみつのみこと)」。
できたばかりの出雲はまだまだ小さく、幅の狭い小さな布のような形でした。
そこで、八束水臣津野命(やつかみずおみつのみこと)は出雲を大きくしようと考えました。
「どこかに引っ張ってこれる大きな土地が余ってないかなぁ」
と考えながら北を見ると・・・
Σ(゚Д゚)! あった!
海の向こうの新羅の国(朝鮮半島南東部)に余った土地のあるのが見つかった。
早速新羅の国まで出かけ、その端の所に大きな鋤を打ち込み力一杯ぐっと手元へ引き寄せた。
すると・・・
その端の所は見事にぐさっと離れました。
その離れた土地に3つ縒り荷縒った太い丈夫な綱を結び付けると、網の一方を持って、ちょうど川船でも引くように海の上を引っ張ってきました。
「国来、国来(くにこ、くにこ)」
国来(くにこ)と掛け声を掛けながら引っ張ってくると、出雲の国の北側にくっつけました。
これが今の日御崎から平田までの間の北山です。
またその時、この北山が出雲の国から離れなかったので、南の山の中に1本の大きな杭を打ち込んで、引いてきた綱の端をしっかり結び付けました。
その南の山の杭が今の三瓶山で、引いてきた綱が園の長浜(長浜海岸)だと言うことです。
それでもまだ狭いのでもう少し広くしよう考えた八束水臣津野命(やつかみずおみつのみこと)。
また北の方から余った土地を見つけ綱をかけて引っ張ってきました。
これが今の十六島(うっぷるい)から佐蛇川までの山、つまり宍道湖の北側の山です。
さらに、これでもまだ小さいのでもう少し大きくしなければ!
と引っ張って来た土地が、今の佐蛇川から千酌あたりまでの山、つまり松江市の北にあたる山々です。
こうして出雲の国は大分大きくなりました。
だがもう少し大きな国にしたいと考えられた八束水臣津野命は、又北の方を眺めると、北陸地方に余った土地があるのを見つけました。
これまでと同じように綱をかけて引いてきて繋ぎとめました。
これが今の千酌あたりから美保関までの山々で中海の北の半島です。
この時もまた南の山の中にひときわ大きな杭を打ち込みそれに引いてきた綱を結びつけましたが、その綱が現在の弓が浜で、大きな杭が鳥取県の大山だといわれています。
(出雲神話街道HPより)